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小林精機製作所 栃木県宇都宮市

小林精機製作所

性急な政治主導が招いた官僚たちの士気喪失/古賀茂明(経済産業省大臣官房付)

◇互いに不信感を募らせる悪循環◇

 なぜ菅首相は、今回「空回り」をしつづけ、「人災」といわれるような悲惨な状況を招いてしまったのか。霞が関のなかからみえたことを、本稿では論じたいと思う。

 まず、菅首相が「空回り」した原因は、明らかに官僚をうまく「使いこなせなかった」ことにある。いざ有事において、官僚組織を迅速に動かすためには、現場に臨機応変に対応できるような権限を与える代わりに、責任は自分が取るという強い覚悟が、政治家には求められる。上の立場の人間が、「俺が全部責任を取る」という態度を示さねば、現場はなかなか思い切り動けない。

 だが、菅首相が示した態度は、「とにかく情報を早く上げてこい。決めるのは俺だ。決めたらいったとおりにやれ。それができない無能者は承知しない」というものであったように感じる。そういわれれば、官僚としては、さまざまな情報を上げ、判断を仰ぐ。しかし、これだけの非常時に、現場の細かい情報を集中させても錯綜するだけで処理しきれるものではない。

「官邸、しかも総理本人に情報を上げ、そこでの判断を待たなければならない」となれば、どうやっても時間がかかる。官僚からみれば、「急げというくせに、官邸に上げたら時間がかかるじゃないか。われわれを信頼してやらせてくれればもっと進められるのに」という苛立ちと焦燥感が募るばかりである。それでいながら、「できなかったらおまえの責任だぞ」などといわれれば、あっという間に士気喪失である。

 もともと菅首相が非常に厳しく官僚に当たり、感情を露わにするという話はよく聞いていた。そのような地合があるところに、このような混乱状況が生まれてしまったら、周りを固める人たちからすれば、「何なんだ、この人は」という不信感の悪循環が生まれるだけになってしまう。

 東電福島第一原発の話でも、ベントのタイミングが遅れたのではないか、といわれている。現場の状況をよく知らないくせにという批判を承知であえて指摘すれば、菅首相が「全責任は政府が取る」と明示して「命令」すれば、事故現場の暗闇で手探りで作業せねばならなかった事情はあるにせよ、もう少し早く行なうことができたのではないか。

「絶対に放射能を外に漏らしてはいけない」といわれつづけてきた原子力事業者からすれば、放射能を撒き散らすことになるベントは、精神的にきわめてハードルの高い決断である。しかも、運よく原子炉がすぐに安定状態になったとしたら、「なぜベントなど行なったのだ」と批判される恐れもあるのだ。そういうなかで、「おまえの責任だ」といわれそうな雰囲気の下、「早くやれ」と尻だけを叩かれても、それが正式な命令ではなく、ただの言葉の指示だけでは、現場としては必要以上に慎重にならざるをえないことは目にみえている。

 もちろん、以上は民主党政権の「政治主導」の姿勢そのものを批判するものではない。民主党は「官僚は国民のためよりも、省益のために動く。放っておくと、縦割りで勝手なことばかりやる」と考え、政治家が、少し緩んだたがを締め直し、手綱を引っ張っていこうと考えていたのだろう。霞が関がその弊害にまみれていることは、まさにそのとおりである。

 だが、今回の震災では、死者・行方不明者3万人以上という想像を絶する被害と、福島での原発事故という大きなリスクにさらされた。これだけの有事であれば、普段は惰性で仕事をしがちな官僚たちもさすがに危機意識を抱き、政府から的確な指示さえあれば、いつでも動ける体制をとっていたはずだ。そこにおいて、むしろ性急に「政治主導」の政治ショーをみせるためにギアを入れたのは、明らかに逆効果であったように思われる。

 さらにいうならば、阪神淡路大震災や新潟県中越沖地震の教訓から、官邸と官僚組織には危機管理のノウハウがそれなりに積み重ねられていた。要するに、すでに大枠のルールがあり、それに従えば、末端の組織まで動く仕組みがすでにあったはずなのだ。

 しかし、民主党政府は、それらをすべて白紙に戻してしまった。自民党時代のものは何でも否定したいという動機からであろうか。一方で、震災対応に向けた会議をたくさんつくったが、組織というものはいきなりゼロから立ち上げて、思いどおりに動くものではない。むしろ、指揮系統が複雑になって現場は混乱するばかりである。

 おそらく民主党の政治家は、これまで危機管理というものを真面目に勉強してこなかったのではないか。だから、「政治主導」という空虚な概念を振り回すだけで、指示や命令に一貫性がないという状況になってしまったのだ。

◇民主党の勘違い◇

 震災の話から一般論に戻そう。

 私が民主党の政治家にいちばん欠けていると感じるのは、「仮説」を立てる能力である。つまり、一つの問題を解決するために、どこを変えればよいのか、道筋と順番をつけられる力のことだ。

「仮説」を立てれば、結果が想定どおりにならなかった場合に、なぜそういうことになったのか、自分がとった考え方と行動がはっきり整理できるので、その原因の分析ができるはずだ。しかし、民主党はどんな仮説に立ってどう行動したのか、自分でも理解していないのではないか。それでは、いつまでも場当たり的な対応を繰り返すしかない。

 そうなってしまうのは結局、民主党の政治家が政策に関する体系的な勉強をしてこなかったからであろう。野党時代の民主党は、与党の自民党の政策のアラを探して、そこを徹底的に追及していく、という政治手法を多用した。ところが、その分野について幅広い見地から勉強し、問題解決のための「仮説」を出して政策を推し進めていくのは、不慣れなようだ。

 たしかに「消えた年金記録」など、民主党の粘り強い追及によって明るみに出た事実もある。これなどは、自民党の大半が気づきもしなかった問題だろう。だが、それだけで年金問題のすべてを理解したことにはならない。

 自民党が、「そんなものはない」と言い続けてきた「埋蔵金」についても同様だ。民主党はマニフェスト(政権公約)で、予算の組み替えと「埋蔵金」で政策に必要な財源は十分に捻出できるとした。埋蔵金はもちろんまだあるが、民主党には全体像がみえていない。おそらく一部の予算の無駄だけをみて、単純にいくらでも財源は見つけられると勘違いしたのであろう。

 一方の自民党だが、政策立案の場として、党内に「財務金融部会」「経済産業部会」「環境部会」といった専門の部会を設けてきた。これら部会は体系的に政策を学ぶことができる、若手議員の勉強の場でもあった。しかし、その先生役を務めるのは官僚だ。言い換えれば、自民党の議員は官僚に育てられて一人前の政治家になるという仕組みであった。だから、役所の枠をはみ出せない政治家になってしまう。

 国民の利益よりも、省の利益の代弁者である「族議員」は、このシステムが生み出す弊害そのものであった。自民党政権時代には、こうした政官が一体となった「複合共同体」ができあがっていた。民主党政権になれば、それらは一度、ご破算になるはずであった。ところが、民主党政権には、官僚と新たな関係を構築し、政治を運営していくだけの能力はなかった。

 思えばかつて民主党が自民党のアラを徹底的に追及できた背景に、自らの思惑を通したい官僚側の「リーク」があったことも、事実である。与野党ともの、このしがらみの構造を解きほぐさねば、真の改革は実現しない。

◇自民党はタブーへの挑戦を◇

 民主党の失政のおかげで、自民党は元気を取り戻しているようにみえる。しかし、もう一度、政権を担ったところで、旧体質からの脱皮を図らなければ、とうてい国民の信望は得られまい。自民党はいまの野党のうちに、生まれ変わることが必要だ。このままでは日本は二大政党制のもと、「政策」ではなく「政局」ごとに、不毛な政権交代を繰り返していく恐れもある。

 自民党が理解すべき重要なことは、「過去の延長線上を辿るなら、日本の凋落は避けられない」ということだ。たとえば、いまの年金制度ははたして持続可能なのか。そもそも、昔、年金制度が始まったときは、平均寿命はいまよりもはるかに短かった。いまや日本人の平均寿命は男性が79歳、女性は86歳。今後、年金支給年齢は段階的に65歳に引き上げられるとしても、15年、20年と働かないで年金をもらって生活していける仕組みが、この少子化の日本で維持できるはずがない。

 これまでこのような仕組みをつくりあげてきた自民党は、国民にその不備を謝罪したうえで、新しい年金制度の構築をめざすべきなのである。

 エネルギーについても、同じことがいえる。戦後、日本は技術もない、資金もない、また国民の理解も得られないという状態から、原発を建設してきた。それは明確な「国家の意志」であった。だからこそ住民の反対運動が起きたら、機動隊を動員してでも、原発の建設を推進してきたのである。

 もっとも、戦後の日本では、幸か不幸か、長らく自民党の一党支配が続いた。だから「国家の意志」とは、じつは「自民党の意志」そのものでもあった。では原発の推進は「国民の意志」であったかというと、きわめて疑問だ。

 もし再生可能エネルギーの導入について、今後の政府が、かつて自民党が原発政策を推進したほどの決意をもって「国家の意志」として進めていったなら、そうとうのことができるであろう。たとえば、風力発電に関しては、低周波被害の問題が指摘され、地熱発電では国立公園との兼ね合いや、近隣の温泉業者との調整という問題がいわれる。だが、昔の原発の反対運動に比べれば、その程度の調整はたやすいはずだ。また再生可能エネルギーは電力供給が安定しないという主張もあるが、技術的には解決可能、あとは「国家の意志」さえあれば推進できるはずだ。

 もともと自民党は、既得権の大きい特定のグループと結びつき、それらとのしがらみが強かった政党である。これらのしがらみを断ち切り、日本経済の成長率を押し上げるような思い切った改革をどこまで進めることができるか。野党たる「自民党」には、従来のタブーに挑戦するような姿勢をはっきり示すことが求められるのであろう。

◇「私心」なく政治に取り組めるか◇

 民主党の問題に話を戻す。

「政治主導」「脱官僚」を掲げて華々しく政権交代した民主党だが、その後、妥協に次ぐ妥協を重ねて、それらは結果的に看板倒れに終わった観がある。

 政権交代後、鳩山政権は政治主導の司令塔として鳴り物入りで「国家戦略局」をつくると打ち上げた。だが、次第に尻すぼみになり、最後には、そうした議論すら聞かなくなってしまった。

 そもそも、「国家戦略局」のスタッフはあくまで首相のものであり、それを統括する国家戦略担当大臣は、本来なら総理の腹心を任命すべきである。ところが、鳩山由紀夫氏は国家戦略担当大臣に、必ずしも政治信条で一致するとは言い難い菅氏を起用した。この時点で国家戦略担当大臣は、たんに閣僚ポストの一つであるという意味しかなくなった。

 官僚と戦うイメージが強かったのは、小泉内閣であった。小泉首相が強力なリーダーシップを発揮できた秘密も、自前のチームを形成できたことによる。小泉首相は、竹中平蔵氏をトップとする竹中チームと、飯島勲秘書官を筆頭とする飯島チームを連れて官邸に入った。小泉首相は、政策は竹中チーム、マスコミ対策は飯島秘書官に分担させた。

 さらに竹中チームのなかには、大阪大学などの有識者グループや高橋洋一氏や岸博幸氏など官僚ブレーンもいて、巧みに行政組織をコントロールし、政策運営を行なった。「政治主導」を実現するには、総理直結の自前のチームをもつことが不可欠だとわかる。

 だが、その後、初期段階から自前のチームを形成して乗り込んできた政権は現われなかった。政権交代への期待を背に登場した民主党もまたそうであった。自前の「国家戦略局」を立ち上げることに失敗した民主党政権は、財務省に明らかに擦り寄り始める。財務省の協力なくして、予算編成も、経済政策もできないからだ。

 そして菅首相になって、財務省に対する擦り寄りは、より露骨なものになっている。それは、財務省が望む増税論者である与謝野馨氏を経済財政担当大臣に起用したことでも明らかだ。

 日本国民は悲しいまでに真面目だ。震災後、東北を救うためには、消費税アップもやむなしと考えている。だが、財務省が企む増税のみによる財政再建路線では、最終的に消費税は30%まで跳ね上がるだろう。そんなことをすれば、日本経済がデフレスパイラルで破綻することは確実だ。

 財務省による増税一点集中路線を抑え、震災後の新たな日本創造のために、何が求められるのか。これからの政治にいちばん重要なのは、リーダーシップだといわれる。だがそれは、今回の危機対応で示されたような「政治主導」の姿ではない。リーダーシップとひと口にいっても、さまざまな要素があるが、とくに国を率いる政治家に求められるのは、国民を説得する力であろう。

 説得力の背景には、理屈でははかれないものがある。それは一種のカリスマ性だったり、その人間が醸し出す雰囲気や信頼感であるともいわれる。

 しかし、今後の日本においてなにより重要なのは、「私心」なく政治に取り組めるかどうかではないか。菅首相の官僚叩きは、どこかで国民の人気取りのためのようにみえてしまっている。そうした首相の下では、逆に官僚は改革に徹底的に抵抗するし、サボタージュする。まさに「政治主導」こそが、政治を停滞させる主たる原因となってしまうのだ。

 だが、「私心」なく日本のために政治を行なう政治家であるならば、官僚も一目置かざるをえない。当然、官僚側も守旧派と改革派に分かれるだろう。そこで、政治の側の「改革熱」が頓挫してしまったら、改革に立ち上がった官僚は「立ち枯れ」てしまうが、私心なく政治を進める政治がある程度の期間、続くならば、そのときこそ霞が関改革は完遂されるはずである。

「身を捨てる」――それは、言うは易く、行なうは難いことだ。私自身、そのことを実感している。だが、震災以前から続いていた大きな危機が、確実に、日本を奈落の底に突き落とそうとしているいま、政治家にも、官僚にも、そして国民にも、もっとも求められることはその覚悟ではないかと思う。

WSJ小沢一郎・民主党元代表インタビュー

 小沢一郎・民主党元代表はウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、福島原発事故への政府の対応は「遅く、放射能汚染に対する認識がまったくない」と批判するとともに、長年ライバル関係にある菅直人首相について「首相は一日も早く代わったほうがいい」と述べ、対決姿勢を鮮明にした。

 以下はインタビューの一問一答。

Q:東日本大震災と福島第1原発事故以降の政府の対応について、全般的にどう評価しているか。

A:もう2カ月以上、70日になる。原子炉がコントロールできない状況に置かれている。

 私は客観的な見方をする学者の先生から、この状況は燃料の熔融や炉が破損して、非常に危険な状況だということを聞いていた。非常に心配していたら、今になって、仕様がなくなってポツポツ認めている。対応が遅く、放射能汚染に対する認識が甘い、というより、まったくないといってもいいくらいの菅内閣の対応だ。

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AFP/Getty Images
小沢一郎氏
 一般自然災害への対応も、私の県も被災県の1つだが、単なる旧来の取り組みと同じだ。役所の積み上げと、査定に任せきりで、民主党が目指した国民主導・政治主導という政治の在り方とは程遠い実態になっている。私もそうだが、ほとんどの人たちが、不安と不満を募らせているというのが現状だ。やはりその最大の原因は、民主党が掲げてきた、政治家が自ら決断して政策を実行するということが行われていないためだ。決断とは、イコール責任だ。責任を取るのが嫌だとなると、誰も決断しなくなる。

Q:原発事故で事態をここまで悪くしないようにするために、政府がすべきであった決定や政策はどんなものがあったか。

A:こういう状況になると、東京電力の責任に転嫁したって意味がない。東京電力が悪い、あいつが悪い、こいつが悪いということを言っている。どうでもいいことならそれでいいが、原発の放射能汚染の問題は、ここまで来ると、東電に責任を転嫁しても意味がない。政府が先頭に立って、政府が対応の主体とならねばいかんというのが、私の議論だ。東電はもう、現実何もできないだろう。だから、日一日と悲劇に向かっている。

Q:菅首相は統合本部を数日後に設立し、東電に踏み込んだ。あれは十分ではなかったのか。

A:十分も何も、パフォーマンスはどうだっていい。そういうことを気にすべきではない。事態は分かっているのだ。何が起きているかってことは、ほぼ。東電が分かっているのだ。東電が分かっていることは、政府も分かっているのに決まっている。だから、私が言ったように、他人に責任をなすりつける話ではない。政府が主体となって対応策を、どんな対応策かは専門家を集めなければ分からない。それは衆智を集めて、こうだと決まったら政府が責任を取るからやってくれと、そういうのが政治主導だ。それがまったくみられないから、国民はいらいらして不満を募らせ、民主党はだめだとなっている。

Q:小沢氏が指揮を執っていれば、最初の段階でメルトダウンが起きて危ないということは国民に大きな声で言っていたか。

A:言うだろう。隠していたらどうしようもない。それを前提にして、対応策を考えねばならない。当面は福島の人だが、福島だけではない、このままでは。汚染はどんどん広がるだろう。だから、不安・不満がどんどん高まってきている。もうそこには住めないのだから。ちょっと行って帰ってくる分には大丈夫だが。日本の領土はあの分減ってしまった。あれは黙っていたら、どんどん広がる。東京もアウトになる。ウラン燃料が膨大な量あるのだ。チェルノブイリどころではない。あれの何百倍ものウランがあるのだ。みんなノホホンとしているが、大変な事態なのだ。それは、政府が本当のことを言わないから、皆大丈夫だと思っているのだ。私はそう思っている。

Q:なぜ、このタイミングで出てきたのか。

A:隠しようがなくなったからだろう。知らないが。政府に聞いてみるべきだ。

Q:菅首相はアドバイザーを集めて意見を聞いている。聞き方がまずいのか。

A:何を聞いているのだか知らない。集めただけではしようがない。結論を出して何かやらないと。だいたい、原発で食っている連中をいくら集めてもだめだ。皆、原発のマフィアだから。あなた方もテレビを見ていただろう。委員だの何だの学者が出てきて、ずっと今まで、大したことありません、健康には何も被害はありません、とかそんなことばかり言っていた。原子力で食っている人々だから、いくら言ったってだめなんだ。日本人もマスコミもそれが分からないのだ。日本のマスコミはどうしようもない。 

Q:いろいろ聞いてやってみて、だめだったら辞めてもらうということだが、どこまでいったら辞めてもらうのか。どの辺が判断の基準になるのか。

A:どこまでということはない、何もしていないのだから。このまま、ダラダラしていたら、本当に悲劇になってしまう。海も使えなくなる。

Q:原子力エネルギーをどう考えるか。 

A:しょせん、過渡的エネルギーとしてはある程度、大口電力供給のためにも仕方がない。だが、高レベルの廃棄物を処理できないからいずれ、新しいエネルギーを見出さなければいけない。そのように私は言ってきた。まさに今、こういう自然災害のなかで、原発の事故まで起きて、これを食い止めると同時に、長期的なエネルギー政策をしっかりと考える必要がある。

Q:菅政権に対する小沢氏の批判だが、今回、事態の深刻さに対して菅政権が国民に対して正直でなかったことにあるのか、それとも、もし政権が強ければ、事態の対応はもっとうまくいっていたということにあるのか。

A:政権が強い、強くないとの表現も間違いではないが、さきほどから言っているように、何か国民生活に関する問題を処理する時に、われわれは、自民党の官僚機構に任せて、おんぶに抱っこの政治はもはやだめだと言ってきた。政治家が自ら決断し、国民のための政治を実行する。今回の原子力の話だけではない。

 しかし、それは何かというと、それはイコール責任だ。決断したら決断した者の責任が生じることは当たり前だ。責任のない決断はない。そういうことを主張してきたにもかかわらず、民主党の政権が、特に菅政権が、そうでないという実態に気づき、国民の支持を失っている。政策の実行ができないのなら、総理をやっている意味がないでしょう、ということだ。

Q:問責決議案や不信任案を提出する、提出しないとの話が出ているが、国難といわれる時期、そのような政治家の動きを国民はどう受け止めているとみるか。

A:困難な時だけ仲良く、仲良くというのは日本人の発想で、だからだめなのだと考える。日本のマスコミは全部そうだ。太平の時は誰でもいいのだ。うまくいっている時は。困難、危機の時だから、それにふさわしい人を選び、ふさわしい政権を作るのだ。日本人は発想が逆だ。大陸の人は、発想がそうではない。日本人は平和ぼけしているから。まあまあ争わないで、まあまあ仲良くという話になる。仲良くしたって、何も解決できない。当たり障りのない話をしているだけだ。波風立てずに、丸く丸く。これでは、政治家など要らない。役人に任せていればいい。

Q:菅首相を降ろせというなか、強いリーダーはいるのか。

A:何人でもいる。

Q:強いリーダーの代表格というと小沢氏が思い浮かぶ。自分でやろうとの気持ちはあるのか。

A:私はもう老兵だから。老兵は消え去るのみ、とのマッカーサー元帥の言葉はご存知だろうか。消え去ろうと思っていたが、もう一仕事やらねばならないとは思っている。

Q:話題を変える。政治資金規正法違反の話は今、どういう状態で、今後、どういう方針で戦うのか。

A:どういう方針もなにもない。私は何も悪いことをしていない。これは官憲とマスコミによるものだ。旧体制の弾圧だからしようがない。調べてほしいのだが、私は何も不正な金はもらっていない。ただ、報告書の時期がずれていただけだ。こういった例は何百、何千とある。単に報告書を直して再提出するだけで済んでいた話だ、今まではずっと。なぜ、私だけが強制捜査を受けるのか。そこを全然、マスコミは考えない。

 これは民主主義にとって危機だ。政府ないし検察の気に入った者しか政治ができないということになる。ほんとに怖い。あなた方も変な記事を書いたとして逮捕されることになりかねない。そういうことなのだ。絶対にこういうことを許してはいけない。私が薄汚い金をもらっているのなら辞める。

 1年以上強制捜査して何も出てない。だからちょっと報告書の書き方を間違ったといったわけでしょう。現実政治というのは権力だからそうなるんだが。戦前もそう。それを繰り返したんじゃ、だめだ。そんな民主主義は成り立たない。それを心配している。自分はなんてことない。なんの未練もない。政治家をやめれば遊んで暮らせるからそれでいいが。日本の民主主義はこのままだと本当にまた終わりになる。外国が心配しているのはそこだ。日本は本当に民主主義国家かという心配をしている。

Q:震災に話を戻す。復興、復旧にこれからお金がかかっていく。もちろん労力も。一つは第2次予算が出るか出ないかで国会でもめている。第2次予算の緊急性と規模はどのようなものと考えるか。もう一つは、財源は増税にするのか、国債発行にするのか。そのへんはどのようにすべきか。

A:復旧に必要なことは、お金がどれくらいかかったって、やらなくてはならない。あのままでは住めなくなる。再臨界に達するかもしれない。あそこが爆発したら大変だ。爆発させないために放射能を出しっぱなしにしている。爆発するよりたちが悪い、本当のことを言うとだ。ずっと長年にわたって放射能が出るから。だから私は金の話じゃない。日本がつぶれるか、日本人が生き延びるかどうかという話だと言っている。金なんぞ印刷すればいい。その結果、国民が負担することになるが。国家が本当に放射能汚染をここで食い止めるという決意のもとに、徹底して金だろうがなんだろうがつぎ込まなくてはだめだ。国民はそのことをよく理解してほしい。国債でやれば借金だし、いずれ償還分は払わなくてはいけないが。

Q:東電の処理について役所が過去にはいろいろ決めてきた。今回、役所の言うとおりに決めてはいけないと考えるか。

A:東電のことはたいした問題ではない。一私企業がどうなろうが。それが本質ではない。ただ、例えば東電がつぶれるとする。電気の配電やら運営ができなくなる。それから5兆円の社債を出しているから、社債が暴落する。公社債市場が大変になる。それから銀行に何兆円かの借金があるから、それが返せなくなると銀行も大変だ、ということだろう。どうってことはない。要は早く原発の放射能を止めることだ。

Q:民主党が政権をとって間もない2009年10月、インタビューした際、自民党をつぶすことが目的だと言っていた。今回、発言を聞いていると、民主党政権に非常に批判的だが、自民党がむしろリーダーになった方がよいと、日本を救えると見ているのではないか。

A:私はそう見ていないが、国民がそのような状況になってきているということだ。これなら自民党の方がまだいいじゃないかという人が多いでしょう。私が描いていた図とちょっと違うのは、民主党政権がもう少し愚直に政治に取り組んでくれることを期待していた。そうすれば、国民がたとえ個別の政策が少しずつ遅れたとしても、変更したとしても絶対支持してくれると。

 そういう民主党をまず作り上げる。しかし、一方において自民党的、というのは日本的な政党だが、これも必要だと。自民党は事実上つぶれたような状況だが、新しい自民党がまた成長してくれると。そこで2大政党という絵を描いていたのだが。どうにも民主党政権自体がおかしくなって、強烈な支持者であった人たちも、ちょっともう見放した格好になっている。

 例えば、何兆円の企業のオーナーである稲盛さんとか、スズキ自動車の鈴木会長とかは、何兆円の企業でありながら、正面切って民主党を応援してくれていた人たちが、本当に一生懸命やっただけに、頭にきちゃって、こんな民主党ぶっつぶせ、もう一度やり直しだと言うくらい失望している。愚直さに欠けた民主党政権でちょっと違った。違ったときは違ったなりに考えなくなくてはならないので仕方ない。だが私の最初の理想は変わらない。日本に議会制民主主義を定着させたいという理想は全然変わっていない。

Q:いま、国会に不信任決議案が提出された場合、それを支持するか。

A:それはどうするかよく考えているところだ。

Q:菅首相はどのくらい政権に留ると考えているか。

A:彼はいつまでも留まりたい。だから困っている。それが彼の優先順位の第一だから。だからみんな困っている。

Q:先ほど「もう一仕事したいという気持ちを持っている」と言っていたが、どのようなことがしたいか。

A:いま言ったことだ。議会制民主主義を日本に定着させたいという、この理想は全然変わっていない。ところがいま、民主党も国民から見放され、自民党もかつての自民党ではなくなってきている。このままでは日本の政治はぐちゃぐちゃになる。だからそうならないように、老骨にむち打って頑張ろうかということだ。

Q:最近になって、メルトダウンが起きていたとか、原子炉に傷が付いていた、などの情報が次々と出ているが、政府は今まで知らなかったのか。

A:知っていたけれど言わなかったということだろう。だから問題だ。

Q:どういうことか。

A:知らない。政府のことだから。言うと大変になると思ったから言わなかったのだろう。大変になるというのはどういうことかというと、政府の対応が難しくなると言うことだ。だけど、わたしはそんなことで躊躇しているときではないと考えている。

Q:声が上がればご自身が前面に出られて首相になるということも考えられるのか。

A:私は、あまりにぎにぎしい立場というのは好きではない。もう気楽にしていた方がいいから、自分で好みはしないが、「天命に従う」というのはよくないけど、「天命に遊ぶ」という言葉が好きになった。天命の命ずるまま、もういらないと言われれば去るのみだ。

Q:最後に、菅総理はどのぐらい総理の座にとどまるとみているか。

A:一日でも早く代わった方がいいと思う。

福島第1原発、事故直後の新事実が明らかに―WSJ分析

http://jp.wsj.com/Japan/node_237921#

 【福島】福島第1原子力発電所では、極めて重要な地震発生後24時間において、これまで考えられていたよりもはるかに急速に状況が悪化していた。ウォール・ストリート・ジャーナルによる事故状況の分析によって明らかになった。


Agence France-Presse/Getty Images
震災発生から3日後の福島第1原発の様子を写したデジタルグローブの衛星写真(3月14日)
 壊滅的な被害をもたらした地震と津波発生から数時間後、発電所の作業員は途方に暮れていた。夕暮れが迫る中、彼らは付近の家屋から懐中電灯を探し出すことを余儀なくされた。正常に機能していない原子炉計器を必死に復旧させようと、津波で押し流されず済んだ自動車を見つけ、バッテリーを取り出した。原発の完全な電源喪失により、危険なほど過熱していた原子炉内の圧力を下げる蒸気放出作業(ベント)ができず、作業員は手動でバルブを開けなければならなかった。

 そのとき重大な判断ミスが発生していた。作業員は当初、発電所の非常用電源がほとんど機能していないことに気付いておらず、復旧の時間はもっとあると勘違いしていたことが調査で明らかになった。その結果、これまで想定していたよりも数時間早く核燃料の溶融が始まっていた。東京電力は今週、福島第1原発の6基ある原子炉のうちの1基で地震当日に相当なメルトダウン(炉心溶融)が発生していたことを認めた。

 東電は16日、2000ページ以上に及ぶ原子炉の運転状況を記録した「日誌」を公開した。日誌からは、これまで明らかになっていなかった震災発生直後の様子を一部垣間見ることができる。地震発生直後、津波が到達する前、発電所作業員は原子炉の1つの予備冷却システムのバルブを閉鎖した。冷却システムは外部電源に依存していないため、閉じても問題はないと考えたためだ。専門家は、この判断が核燃料の急速な溶融を招いた可能性があるとしている。

 本紙の分析は、東電や政府資料を精査し、行政当局や企業幹部、国会議員、監督当局への数十回に及ぶ取材を基にしている。これにより、菅直人首相と東電幹部が真っ向衝突する異常な状況の中、原子炉の1つで危険な水準にまで上昇していた圧力を下げるためのベント作業について、なぜ東電幹部が最終的な決断を7時間も遅らせたのか、その詳細が新たに明らかになった。

 東電幹部は、危機の深刻さを当初認識していなかったことを認めた。ベントを決断したときには、既に建屋内の放射線レベルはかなり高まっていた。自ら志願して手作業で安全弁開放を行った作業員は、わずか数分間で日常生活時の1年間の被ばく量の100倍もの放射線を浴びることになった。

 政府自身も、菅首相自らが直接関与していたにもかかわらず、統一された早期対応策を示すことができなかった。当局者が楽観的過ぎる状況判断に足をすくわれたこともあるが、緊急対策室が置かれたビル自体も停電し、電話回線がつながらなかったことも一因だ。

 政府・東京電力統合対策室事務局長の細野豪志首相補佐官は 「それぞれの組織が自分のチャンネルを使って情報を発信し統一性がなかった」と述べている。

 マグニチュード(M)9.0の地震が発生した3月11日午後2時46分、福島第1原発の幹部の多くは発電所の会議室で監督当局と会議を行っていた。地面が揺れたのは、ちょうど会議を終えようとしていたときだった、と原子力安全・保安院の横田一磨・統括原子力保安検査官は話す。ファイルが倒れ、壁や床はひび割れ、細かい白いほこりが辺りに舞った。

 そして電気が消えた。横田氏は神経質な笑みを浮かべながら当時を振り返って、「いやーひどいね」と誰かが言ったと述べた。

 だが、事態は統制されているように見えた。福島第1原発の稼働中の3つの原子炉は緊急停止した。予備のディーゼル発電機が作動するとともに非常灯が点灯し、警報器が鳴った。

 それからちょうど1時間後、約15メートルの津波が到達し、非常用電源が停止した。

 午後3時37分、東電本社の事故対策本部に福島第1原発から「全交流電源喪失」との通報が入った。これは発電所で交流電源を供給できなくなる状態を示す用語で、日本最大の原発の1つで完全な停電が発生したことを意味していた。

 当時事故対策本部にいた原子力設備管理部の小林照明課長は、そのとき「なんでブラックアウトしたの」と思ったと述べた。完全停電は災害対策で想定していた最悪の事態だった

 だが小林氏は、本当に深刻な事態に発展するまで、電源を復旧させる時間はまだ8時間あると考えていた。原子炉の燃料棒の冷却や主計器の電源となる予備電源は8時間持つと想定されていたためだ。予備電源は、発電所の最後の頼みの綱だった。

16日に公開された文書によると、東電作業員は、全部ではないとしても、ほとんどの予備電源が津波で機能不全に陥ったと今は考えている。だが、当時はそれが分からなかった。彼らは予備電源は依然機能しており、8時間の猶予があると考えていた。

 午後3時42分、菅首相率いる政府の震災緊急対策本部に交流電源喪失の通知が届いた。その場にいた2人の関係者によると、菅首相は通知を聞いて、「危ないのは原発じゃないか」と述べたという。

 福島第1原発に夕暮れが近づくと、技術者たちは取り外した車のバッテリーを使って臨時装置の電力とし、原子炉の中で何が起こっているのか解明しようとした。午後9時21分には危険なサインを発見した。1号機の水位が急激に下がっており、燃料棒がいまにも露出しそうだった。

 冷却装置がなければ水は沸騰し、炉内の圧力が高まる。沸騰した水の量が増えれば、燃料棒は溶け出し、空気に触れて反応する。そして、放射性物質を放出し、爆発を引き起こす危険がある水素ガスができる。

 午後11時頃、最初の発電用トラックが到着した。東京の首相官邸では歓声が上がった。

 だが、喜ぶのはまだ早かった。発電所の損傷したメインスイッチに、発電機をつなぐことができなかったのだ。ケーブルの一部が短すぎて、発電所の別の部分まで届かなかった。津波警報も発せられ、作業員は高台に避難しなければならなかった。最初の24時間のうちに接続できた発電機はわずか1台だったことを、東電の資料が示している。

 真夜中には、1号機の格納容器内の圧力が、設計時に想定された最大レベルをすでに50%超えていた。放射能レベルが非常に高かったため、東電の清水正孝社長は作業員に建物からの退避命令を出した。

 関係者によると、大胆な手段を取る必要があることが、東電と政府の目に明らかになってきた。すなわち、格納容器が圧力で破損する前に、原子炉内の蒸気を放出しなければならない。

 蒸気放出にはリスクがあった。蒸気は放射性物質を含んでいる可能性があり、近隣地域に危険を及ぼす。だが放出しなければ、容器が壊滅的に破壊される危険が非常に大きかった。菅首相と海江田万里経済産業相は、午前1時半頃、公式に蒸気放出を認めた。

 その後何時間も続いたのは、情報の行き違いや混乱だった。3月12日午前2時45分、東電は原子力安全・保安院に1号機の格納容器内の圧力が想定最大レベルの倍になっているようだと伝えた。

 それでも、蒸気放出口は閉じられたままだった。首相官邸から、海江田経済産業相は東電の経営陣に1時間ごとに電話をし、進捗状況を尋ねた。午前6時50分、海江田経済産業相は蒸気放出を命じた。だが、実行はされなかった。

 東電が今週公表したところによると、3月12日朝のこの時点では、1号機の核燃料はすでに溶け落ち、容器の底に積み重なっていたと思われるという。

 政府関係者らはいま明かす。東電で蒸気放出を決定するのに長い時間がかかったのは、放射性物質を放出すれば事故の重大さが急激に高まると考えられたからだと。東電はなお、蒸気放出をせずに事故を収束させたいと考えていた。なぜなら、大気中に放射性物質を放出すれば、福島の事故は世界最悪のものとなり、チェルノブイリと並んでしまうためだ。

 これに続く記者会見と国会証言で、東京電力の清水社長は、時間がかかったのは周辺住民の避難への懸念と技術的な問題のためだと述べた。この件に関して、清水社長からはコメントは得られなかった。

 3月12日の朝が近づくと、東電の役員を自らせっくために、菅首相は福島第1原発に飛んだ。午前7時頃、10人乗りの自衛隊ヘリコプター、スーパーピューマは、菅首相と複数の補佐官を乗せ、発電所に到着した。

 一行が緊急の対策本部に入ると、東電の職員が放射線レベルをガイガーカウンターで確認した。同行した補佐官は振り返る。同時に入った発電作業員の放射線量が非常に高く、測定した職員はこう叫んだ。「あー、結構高いな、ここは」

 グレーの会議用テーブルが二列に並んだ小さな部屋では、東電の原子力事業を率いる武藤栄副社長と発電所長の吉田昌郎氏の正面に菅首相が座った。

 同席した人々によると、菅首相は、白髪長身の原子力技術者、武藤副社長と衝突した。武藤副社長は、発電所の電力の問題があるため、あと4時間蒸気放出はできないと言った。作業員を送り込んで、蒸気排出弁を手動で開けることを検討しているが、原子炉付近の放射線レベルが非常に高いため、そうすべきかどうか確定できない。一時間ほどで決定すると、武藤副社長は言った。

 菅首相の補佐官によると、「人ぐりが悪い」と武藤副社長は言った。

 同席していた人にようると、菅首相は「悠長なことを言っている場合じゃない、出来ることは何でもやって、早くしろ」と怒鳴った。

 この件に関して、武藤副社長、吉田所長からのコメントは得られなかった。東電の広報担当者は、武藤副社長の発言を確認することはできないと言った。東電は常に、事態収束のために、政府などからの支援を進んで受けてきたと広報担当者は語った。

 菅首相は、このミーティングの後すぐに福島第1原発を離れた。午前8時18分、発電所の技術者が最初に菅首相らに、1号機から蒸気を排出したいと伝えてから7時間後、東電は首相官邸にあと1時間ほどでバルブを開けると伝えた。

 かなり遅れたものの、安全弁はまだ開放が可能だった。問題はこうだ。通常、それは制御室で電動か圧縮空気で開閉するが、いずれのシステムも機能していなかった。

 その結果、高い放射線量の建屋内で作業員が安全弁を手動で開放しなければならなかった。

 福島第1原発のシフト・マネジャーは、最初にバルブに挑戦するのは自分の責任だと考えた。関係者によると、彼は「俺が行く」と言った。

 彼は完全防護服を着用し、マスクと酸素ボンベも身につけた。そうまでしても、彼が戻ったときには放射線レベルは106.3ミリシーベルトに達していたという。この数値は、日本で放射線を扱う職場で、1年間に認められている値の2倍だった。1年間で一般の人が浴びる量と比較すると、100倍以上だった。

記者: Yuka Hayashi and Phred Dvorak
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